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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)353号 判決

上告人

蓑一祐

右訴訟代理人

岩田豊

右訴訟復代理人

吉村俊信

被上告人

富士産業株式会社

右代表者

萬里崎義一

右訴訟代理人

森長英三郎

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岩田豊の上告理由について

原審が適法に確定した事実関係は、おおよそ次のとおりである。1 訴外飯田初穂は、昭和三七年九月一三日その所有の共同住宅である本件建物を、一括して訴外菱造船不動産株式会社(商号変更後は関東菱重興産株式会社)に賃貸し、同日建築及び不動産の管理を業とする被上告人との間で、本件建物の管理契約を締結した。2 本件管理契約において、被上告人は、賃借人からの賃料の徴収、本件建物の公租公課の支払、修理等本件建物の賃貸に関する事務の一切を任されたほか、賃借人が飯田に差し入れる保証金八八〇万円の保管を委ねられた。3 そして、被上告人は、右の管理を無償で行うほか、保証金を保管する間、月一分の利息を飯田に支払う旨約したが、その代わりに飯田は、被上告人が右の保証金を自己の事業資金として常時自由に利用することを許した。4 本件建物の賃貸借契約の期間は二年であるが、このような短かい期間が定められたのはその間の物価の変動を考慮したものにすぎず、本件管理契約の期間は五年と定められ、更新も認められた。5 その後両契約とも順次更新され、被上告人は、昭和四八年八月までの約一一年間、右の保証金を自己の事業資金として利用していたところ、飯田は、同年九月一日被上告人に対し、本件管理契約の解除の意思表示をし、右の保証金の返還を請求した。以上の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、右の事実関係のもとでは、本件管理契約は、委任者たる飯田に利益を与えるのみならず、受任者たる被上告人にも、本件建物の賃貸借契約及び本件管理契約が存続する限り、右の保証金を自己の事業資金として常時自由に利用することができる利益を与えるものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。右認定判断の過程に所論の違法はない。

ところで、本件管理契約は、委任契約の範ちゆうに属するものと解すべきところ、本件管理契約の如く単に委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であつても、委任契約が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることに徴すれば、受任者が著しく不誠実な行動に出る等やむをえない事由があるときは、委任者において委任契約を解除することができるものと解すべきことはもちろんであるが(最高裁昭和三九年(オ)第九八号同四〇年一二月一七日第二小法廷判決・裁判集八一号五六一頁、最高裁昭和四二年(オ)第二一九号同四三年九月二〇日第二小法廷判決・裁判集九二号三二九頁参照)、さらに、かかるやむをえない事由がない場合であつても、委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときは、該委任契約が受任者の利益のためにもなされていることを理由として、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、委任者は、民法六五一条に則り委任契約を解除することができ、ただ、受任者がこれによつて不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けることによつて、その不利益を填補されれば足りるものと解するのが相当である。

しかるに原審が、受任者である被上告人の利益のためにも委任がなされた以上、委任者である飯田はやむをえない事由があるのでない限り、本件管理契約を解除できないと解し、飯田が解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるか否かを認定しないで、同人のした本件管理契約の解除の効力を否定したのは、委任の解除に関する法令の解釈適用を誤り、ひいては、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点に関する論旨は、結局理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件についてはさらに審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人岩田豊の上告理由

〈前略〉

四、原判決の「本件管理契約は、その前提をなす本件建物の賃貸借契約が終了した場合は別として、その継続中は、単なる委任や寄託のように、飯田において何時でも一方的に解約告知することができるものと解すべきではない」旨の判示について

(一) 原判決は、本件管理契約が、本件建物の賃貸借契約を前提となすものであること及び、本件管理契約の当事者双方の利益を与えるものであることを理由として右の通り判示するものである。

(二) 本件管理契約が本件建物の賃貸借契約を前提とする点が誤りであることは前記二、の通りである。

本件管理契約は、被上告人と飯田との間に締結された不動産管理契約書によると、本件建物の管理事務に関する部分とそれ以外の部分に分けることが出来る。

それ以外の部分は、同契約書第三条の保証金に関する部分である。

本件管理契約中、本件建物の管理事務に関する部分は、民法第六五六条の準委任であるから、委任者たる飯田は何時でも一方的にこれを解約することができると解すべきである(民法第六五一条第一項)。

右第三条の保証金の保管に関する部分は、本件建物の管理事務に本質的なものでなく、且つ前記の通り、訴外会社の有する保証金返還請求権を確保ないし保全するものではないから、管理契約に附随して締結された金銭消費貸借契約ないしその予約と解すべきであり、その目的たる保証金の弁済期は、本件建物の賃貸借契約終了時又はこれが継続しているときは本件管理契約の終了時である。

(三) しかるに、原判決は本件管理契約が当事者双方に利益を与えるものであるから、飯田において一方的に何時でも解約の告知ができないとする。

委任において、その性質上当事者双方に利益を与える場合に、一方的に解約ができないことがあることは判例がある(大判大九・四・二四民録二六・五六二、東京高判昭三一・九・一二東京高民時報七・九・一九四)

しかし、右判例はいずれも受任者の受ける利益が債権担保又は弁済充当のための取立委任の如き、委任事務処理と直接関係ある利益であつて、その範囲を出るものではない。

本件管理契約において、被上告人の利益は、「保証金八八〇万円を前記各契約が存続する限り、飯田に月一分の利益を支払うことによつて、自己の事業資金として常時自由に利用することができるという利益」であつて、本件建物の管理事務処理と直接の関係ある利益ではない。

(四) そうすると、本件管理契約につき、これが当事者双方に利益を与えるものであるとして、飯田の解約権を否定した右判示は、理由に不備があり、且つ右判例の認める解約権行使の制限の範囲を逸脱し、ひいては民法第六五一条第一項の解釈適用を誤つた違法があると云うべきである。〈以下、省略〉

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